代表者インタビュー 単なる金儲けではなく人に対する想いを感じられる会社に 株式会社明神食品 専務取締役 森下幸次

初代が打ち立てた創業の精神は、代を重ねるごとに徐々に薄れていくものである。
『明神食品』の森下専務もまた、初代から数えれば三世代目の人間。初代である祖父は、専務が中学生のころに他界したというから、専務が真に創業の精神を知りたいと願う時には、祖父の墓前で問うのみだった。
無論、墓が答えてくれるはずもなく、専務は墓前で、自身との対話を繰り返した。
そうして得た答えは、人に対する深い想い─つまり思いやりを大切にすること。
金儲けではない。思いやりをもって人と向き合える場を創出する。
それこそが初代の描いた夢、すなわち創業の精神と、専務は信じているのだ。

Next

代表者インタビュー 単なる金儲けではなく人に対する想いを感じられる会社に 株式会社明神食品 専務取締役 森下幸次

初代が打ち立てた創業の精神は、代を重ねるごとに徐々に薄れていくものである。
『明神食品』の森下専務もまた、初代から数えれば三世代目の人間。初代である祖父は、専務が中学生のころに他界したというから、専務が真に創業の精神を知りたいと願う時には、祖父の墓前で問うのみだった。
無論、墓が答えてくれるはずもなく、専務は墓前で、自身との対話を繰り返した。
そうして得た答えは、人に対する深い想い─つまり思いやりを大切にすること。
金儲けではない。思いやりをもって人と向き合える場を創出する。
それこそが初代の描いた夢、すなわち創業の精神と、専務は信じているのだ。

Next

代表者インタビュー 単なる金儲けではなく人に対する想いを感じられる会社に 株式会社明神食品 専務取締役 森下幸次

初代が打ち立てた創業の精神は、代を重ねるごとに徐々に薄れていくものである。
『明神食品』の森下専務もまた、初代から数えれば三世代目の人間。初代である祖父は、専務が中学生のころに他界したというから、専務が真に創業の精神を知りたいと願う時には、祖父の墓前で問うのみだった。
無論、墓が答えてくれるはずもなく、専務は墓前で、自身との対話を繰り返した。
そうして得た答えは、人に対する深い想い─つまり思いやりを大切にすること。
金儲けではない。思いやりをもって人と向き合える場を創出する。
それこそが初代の描いた夢、すなわち創業の精神と、専務は信じているのだ。

Next

いごっそう.......その言葉が秘めた

俠気溢れる力強さで人を率い人を育てて店舗を展開する

土佐名物・鰹の藁焼きたたきをはじめ、豊かな山海川の恵みを素材とした料理を提供する『明神丸』。

同店を運営する『明神食品』では、2012年4月、新たに『土佐のいごっそう亀次』をオープンした。

そんな積極的な店舗展開を進めるのが、元漁師の森下専務だ。

その牽引力はいったいどこから生まれるのか。

 

森下専務の歩みから伺います。

【森下】17 歳で漁師になり、 29歳まで船に乗っていました。そうして漁師の世界しか見てこなかった私は、他の仕事、生き方への憧れを抱き、転身を考えて悩んでいたんです。

そんな折でした。1973年に祖父が 創業した『明神水産』で、新たに飲食業を 手掛けるべく『明神食品』を設立する話が 持ち上がりまして、それを受けて、飲食業界で自分を試してみたいと考えた私は、 一号店である『明神丸』の店長として働か せてもらうことにしたんです。

『明神丸』という店名は、初代である祖父の、近海かつお一本釣り漁船、「佐賀明神丸」の名が 由来です。

こちらでは、土佐名産・鰹の藁焼きたたきなどの魚を中心とした、高知が誇る 山・海・川の幸を提供しております。

Next

いごっそう.......その言葉が秘めた

俠気溢れる力強さで人を率い人を育てて店舗を展開する

土佐名物・鰹の藁焼きたたきをはじめ、豊かな山海川の恵みを素材とした料理を提供する『明神丸』。

同店を運営する『明神食品』では、2012年4月、新たに『土佐のいごっそう亀次』をオープンした。

そんな積極的な店舗展開を進めるのが、元漁師の森下専務だ。

その牽引力はいったいどこから生まれるのか。

 

森下専務の歩みから伺います。

【森下】17 歳で漁師になり、 29歳まで船に乗っていました。そうして漁師の世界しか見てこなかった私は、他の仕事、生き方への憧れを抱き、転身を考えて悩んでいたんです。

そんな折でした。1973年に祖父が 創業した『明神水産』で、新たに飲食業を 手掛けるべく『明神食品』を設立する話が 持ち上がりまして、それを受けて、飲食業界で自分を試してみたいと考えた私は、 一号店である『明神丸』の店長として働か せてもらうことにしたんです。

『明神丸』という店名は、初代である祖父の、近海かつお一本釣り漁船、「佐賀明神丸」の名が 由来です。

こちらでは、土佐名産・鰹の藁焼きたたきなどの魚を中心とした、高知が誇る 山・海・川の幸を提供しております。

Next

いごっそう.......その言葉が秘めた

俠気溢れる力強さで人を率い人を育てて店舗を展開する

土佐名物・鰹の藁焼きたたきをはじめ、豊かな山海川の恵みを素材とした料理を提供する『明神丸』。

同店を運営する『明神食品』では、2012年4月、新たに『土佐のいごっそう亀次』をオープンした。

そんな積極的な店舗展開を進めるのが、元漁師の森下専務だ。

その牽引力はいったいどこから生まれるのか。

 

森下専務の歩みから伺います。

【森下】17 歳で漁師になり、 29歳まで船に乗っていました。そうして漁師の世界しか見てこなかった私は、他の仕事、生き方への憧れを抱き、転身を考えて悩んでいたんです。

そんな折でした。1973年に祖父が 創業した『明神水産』で、新たに飲食業を 手掛けるべく『明神食品』を設立する話が 持ち上がりまして、それを受けて、飲食業界で自分を試してみたいと考えた私は、 一号店である『明神丸』の店長として働か せてもらうことにしたんです。

『明神丸』という店名は、初代である祖父の、近海かつお一本釣り漁船、「佐賀明神丸」の名が 由来です。

こちらでは、土佐名産・鰹の藁焼きたたきなどの魚を中心とした、高知が誇る 山・海・川の幸を提供しております。

Next

でも初の飲食業界でいきなり一号店の店長は……。

大きなプレッシャ ーがおありだったこととお察しします。

【森下】ええ。しかも私のみならず、そもそも『明神食品』には飲食業界経験者が皆無だったんです(苦笑)。

ですから試行錯誤の連続でした。ノウハウはおろか、厨房設備も不十分でしたが、そんな中でも頑張れたのは、ただただ自分たちが作った料理を提供し、喜んでいただくことにやり甲斐を感じたことにあると思います。

限られた設備の中で、いかに工夫して美味しい料理を提供するかを考えるのが、楽しかった。

また、もとより同族会社ですら、幹部には親族が大勢いたため、「利益を出すためにはどうすれば良いか」という点についても一歩踏み込んで話し合えました。

しかし3カ月ほど経って店舗の方向性が定まり始めたころから、「本社からの指示待ちではいけない」と感じるようになってきたんです。

 

それは現場と経営​陣の間に生じる、考え方の相違からでしょうか。

【森下】その通り。私やスタッフ、現場にいる人間が考え、行動しなければ結果は出せないと思い始めたんですね。

そこで独自に他店を偵察したり、コスト計算などを繰り返して経費削減に努め、それでも分からないことは、飲食業に携わる知人などにどんどん尋ねました。

そうして本社の指示ではなく、自ら動くようになった結果、徐々に経営を軌道に乗せることができたんです。

Next

でも初の飲食業界でいきなり一号店の店長は……。

大きなプレッシャ ーがおありだったこととお察しします。

【森下】ええ。しかも私のみならず、そもそも『明神食品』には飲食業界経験者が皆無だったんです(苦笑)。

ですから試行錯誤の連続でした。ノウハウはおろか、厨房設備も不十分でしたが、そんな中でも頑張れたのは、ただただ自分たちが作った料理を提供し、喜んでいただくことにやり甲斐を感じたことにあると思います。

限られた設備の中で、いかに工夫して美味しい料理を提供するかを考えるのが、楽しかった。

また、もとより同族会社ですら、幹部には親族が大勢いたため、「利益を出すためにはどうすれば良いか」という点についても一歩踏み込んで話し合えました。

しかし3カ月ほど経って店舗の方向性が定まり始めたころから、「本社からの指示待ちではいけない」と感じるようになってきたんです。

 

それは現場と経営​陣の間に生じる、考え方の相違からでしょうか。

【森下】その通り。私やスタッフ、現場にいる人間が考え、行動しなければ結果は出せないと思い始めたんですね。

そこで独自に他店を偵察したり、コスト計算などを繰り返して経費削減に努め、それでも分からないことは、飲食業に携わる知人などにどんどん尋ねました。

そうして本社の指示ではなく、自ら動くようになった結果、徐々に経営を軌道に乗せることができたんです。

Next

でも初の飲食業界でいきなり一号店の店長は……。

大きなプレッシャ ーがおありだったこととお察しします。

【森下】ええ。しかも私のみならず、そもそも『明神食品』には飲食業界経験者が皆無だったんです(苦笑)。

ですから試行錯誤の連続でした。ノウハウはおろか、厨房設備も不十分でしたが、そんな中でも頑張れたのは、ただただ自分たちが作った料理を提供し、喜んでいただくことにやり甲斐を感じたことにあると思います。

限られた設備の中で、いかに工夫して美味しい料理を提供するかを考えるのが、楽しかった。

また、もとより同族会社ですら、幹部には親族が大勢いたため、「利益を出すためにはどうすれば良いか」という点についても一歩踏み込んで話し合えました。

しかし3カ月ほど経って店舗の方向性が定まり始めたころから、「本社からの指示待ちではいけない」と感じるようになってきたんです。

 

それは現場と経営​陣の間に生じる、考え方の相違からでしょうか。

【森下】その通り。私やスタッフ、現場にいる人間が考え、行動しなければ結果は出せないと思い始めたんですね。

そこで独自に他店を偵察したり、コスト計算などを繰り返して経費削減に努め、それでも分からないことは、飲食業に携わる知人などにどんどん尋ねました。

そうして本社の指示ではなく、自ら動くようになった結果、徐々に経営を軌道に乗せることができたんです。

Next

熱い想いをお持ちの専務のもとで働くスタッフさんたちは幸せですね。

スタッフの皆さんもそんな専務のお心に感じると ころがあればこそ、頑張れるのでしょう。

【森下】ところが、さらに上を目指すために店舗展開や設備投資をしたいと考え始めた時、問題が生じました。

と言うのも当時私は一介の店長。

その立場では発言権が小さく、現場の要望が本社に受け入れられないことも起こり得たんです。

そこで私は、現場の意見、すなわち私と、何より最前線で頑張ってくれているスタッフたちの想いを上に通して形にするためには、それなりの立場に就く必要があると考え、自社株を購入。

専務の役職を手に入れた次第です。

 

お店づくりにかける専務の想いと、スタッフさんがより良い環境で働けるようにとの想いが伝わってきます。

【森下】スタッフが幸福を感じられる店づくりは、今の私の信念と言っても過言ではありません。

スタッフが、やり甲斐や充実感を持ちながら働ける職場環境をつくるのは経営者としての責任。その責任感が私を鼓舞してくれているんです

実は、それには理由がありましてね。

設立当初の一番大変だった時期を共に乗り越えてくれたスタッフたちに、待遇面で満足させてあげられなかったことへの後悔があるからなんです。

そしてスタッフにようやく還元できるようになった現在、当時のメンバーはすでにいません。だからこそ、私についてきてくれるスタッフたちに何かしたいと、強く思うようになったんです。

Next

熱い想いをお持ちの専務のもとで働くスタッフさんたちは幸せですね。

スタッフの皆さんもそんな専務のお心に感じると ころがあればこそ、頑張れるのでしょう。

【森下】ところが、さらに上を目指すために店舗展開や設備投資をしたいと考え始めた時、問題が生じました。

と言うのも当時私は一介の店長。

その立場では発言権が小さく、現場の要望が本社に受け入れられないことも起こり得たんです。

そこで私は、現場の意見、すなわち私と、何より最前線で頑張ってくれているスタッフたちの想いを上に通して形にするためには、それなりの立場に就く必要があると考え、自社株を購入。

専務の役職を手に入れた次第です。

 

お店づくりにかける専務の想いと、スタッフさんがより良い環境で働けるようにとの想いが伝わってきます。

【森下】スタッフが幸福を感じられる店づくりは、今の私の信念と言っても過言ではありません。

スタッフが、やり甲斐や充実感を持ちながら働ける職場環境をつくるのは経営者としての責任。その責任感が私を鼓舞してくれているんです

実は、それには理由がありましてね。

設立当初の一番大変だった時期を共に乗り越えてくれたスタッフたちに、待遇面で満足させてあげられなかったことへの後悔があるからなんです。

そしてスタッフにようやく還元できるようになった現在、当時のメンバーはすでにいません。だからこそ、私についてきてくれるスタッフたちに何かしたいと、強く思うようになったんです。

Next

熱い想いをお持ちの専務のもとで働くスタッフさんたちは幸せですね。

スタッフの皆さんもそんな専務のお心に感じると ころがあればこそ、頑張れるのでしょう。

【森下】ところが、さらに上を目指すために店舗展開や設備投資をしたいと考え始めた時、問題が生じました。

と言うのも当時私は一介の店長。

その立場では発言権が小さく、現場の要望が本社に受け入れられないことも起こり得たんです。

そこで私は、現場の意見、すなわち私と、何より最前線で頑張ってくれているスタッフたちの想いを上に通して形にするためには、それなりの立場に就く必要があると考え、自社株を購入。

専務の役職を手に入れた次第です。

 

お店づくりにかける専務の想いと、スタッフさんがより良い環境で働けるようにとの想いが伝わってきます。

【森下】スタッフが幸福を感じられる店づくりは、今の私の信念と言っても過言ではありません。

スタッフが、やり甲斐や充実感を持ちながら働ける職場環境をつくるのは経営者としての責任。その責任感が私を鼓舞してくれているんです

実は、それには理由がありましてね。

設立当初の一番大変だった時期を共に乗り越えてくれたスタッフたちに、待遇面で満足させてあげられなかったことへの後悔があるからなんです。

そしてスタッフにようやく還元できるようになった現在、当時のメンバーはすでにいません。だからこそ、私についてきてくれるスタッフたちに何かしたいと、強く思うようになったんです。

Next

森下専務が、自分の力で一から築いていかれたわけですね。

【森下】現場を知らずして現場に口を出すなど論外。

ですから可能な限り、私も現場に出るようにしています。

任せるべきことは任せ、各人が自分の個性やレベルを理解し、 高い意識をもって自己研鑽しつつ、組織としての強さを養っていければ何よりです。

もとより私には、人を率いる力などありません。

スタッフたちの存在があればこそ、 私も成長させてもらっているんですよ。

 

私から見れば、専務ほどトップに相応しい人物はそういないと感じますよ。

今後の展望についてはいかがお考えですか。

【森下】この4月、新たに『土佐のいごっそう 亀次』をオープンしました。

『明神丸』 はすでに、鮮魚を扱うイメージが定着しつつありますので、この『亀次』の名をブランド化し、魚料理以外の、たとえば焼き鳥や鉄板焼などの店を新たに展開したいと考 えています。

また、私には千葉沖で船頭を務める弟がいまして。

彼は明神丸の一つを操業しているので、彼の力を借りて東京─ 勝浦間での『明神丸』の出店を考えています。

水揚げされたばかりの新鮮魚介を扱う専門店なら人気が出るはず。

そちらが形になれば弟に託したいと思っているんです。

 

弟さんと仲が良いのですね。

【森下】ええ。3つしか離れておらず、加えて弟も漁師。仕事に対する考え方も、彼となら互いに理解し合えるんですね。

いずれ はそんな彼と共に、何か新しいことを始めたい─それが私のささやかな夢ですから、今後もその夢に向かって、さらに邁進 していくつもりですよ。

Next

森下専務が、自分の力で一から築いていかれたわけですね。

【森下】現場を知らずして現場に口を出すなど論外。

ですから可能な限り、私も現場に出るようにしています。

任せるべきことは任せ、各人が自分の個性やレベルを理解し、 高い意識をもって自己研鑽しつつ、組織としての強さを養っていければ何よりです。

もとより私には、人を率いる力などありません。

スタッフたちの存在があればこそ、 私も成長させてもらっているんですよ。

 

私から見れば、専務ほどトップに相応しい人物はそういないと感じますよ。

今後の展望についてはいかがお考えですか。

【森下】この4月、新たに『土佐のいごっそう 亀次』をオープンしました。

『明神丸』 はすでに、鮮魚を扱うイメージが定着しつつありますので、この『亀次』の名をブランド化し、魚料理以外の、たとえば焼き鳥や鉄板焼などの店を新たに展開したいと考 えています。

また、私には千葉沖で船頭を務める弟がいまして。

彼は明神丸の一つを操業しているので、彼の力を借りて東京─ 勝浦間での『明神丸』の出店を考えています。

水揚げされたばかりの新鮮魚介を扱う専門店なら人気が出るはず。

そちらが形になれば弟に託したいと思っているんです。

 

弟さんと仲が良いのですね。

【森下】ええ。3つしか離れておらず、加えて弟も漁師。仕事に対する考え方も、彼となら互いに理解し合えるんですね。

いずれ はそんな彼と共に、何か新しいことを始めたい─それが私のささやかな夢ですから、今後もその夢に向かって、さらに邁進 していくつもりですよ。

Next

森下専務が、自分の力で一から築いていかれたわけですね。

【森下】現場を知らずして現場に口を出すなど論外。

ですから可能な限り、私も現場に出るようにしています。

任せるべきことは任せ、各人が自分の個性やレベルを理解し、 高い意識をもって自己研鑽しつつ、組織としての強さを養っていければ何よりです。

もとより私には、人を率いる力などありません。

スタッフたちの存在があればこそ、 私も成長させてもらっているんですよ。

 

私から見れば、専務ほどトップに相応しい人物はそういないと感じますよ。

今後の展望についてはいかがお考えですか。

【森下】この4月、新たに『土佐のいごっそう 亀次』をオープンしました。

『明神丸』 はすでに、鮮魚を扱うイメージが定着しつつありますので、この『亀次』の名をブランド化し、魚料理以外の、たとえば焼き鳥や鉄板焼などの店を新たに展開したいと考 えています。

また、私には千葉沖で船頭を務める弟がいまして。

彼は明神丸の一つを操業しているので、彼の力を借りて東京─ 勝浦間での『明神丸』の出店を考えています。

水揚げされたばかりの新鮮魚介を扱う専門店なら人気が出るはず。

そちらが形になれば弟に託したいと思っているんです。

 

弟さんと仲が良いのですね。

【森下】ええ。3つしか離れておらず、加えて弟も漁師。仕事に対する考え方も、彼となら互いに理解し合えるんですね。

いずれ はそんな彼と共に、何か新しいことを始めたい─それが私のささやかな夢ですから、今後もその夢に向かって、さらに邁進 していくつもりですよ。

Next

祖父母から確かに受け継いだ“良い考え方

『亀次』とは、森下専務の祖父にして創業者である明神亀次氏の名から付けられた。

自分たちがあるのは、明神亀次という人間があればこそ─その想いから、専務はこのたび『亀次』 のブランド化に乗り出した。

より多くのスタッフが自分に合った舞台で人間的な成長を図れるように、多様な店舗を展開することで様々な種類の舞台を用意。

それは、かつて専務自身 が初代から与えられた舞台と同じものと言える。

また、専務に影響を与えた人物がもう一人。今は亡き祖母だ。

日ごろから手を合わせる習 慣を大切にしていた祖母を見て、専務は周囲に感謝を忘れない心を自然と身に付けた。

「自分には人を使う才能などない」と語った専務だが、今や4 店舗を運営し、数十名のスタッフ から頼られる存在。

それは、たとえ“才能”はなくとも、まずは周囲の人たちに感謝し、周囲のために動くことができる人物であるためだ

だからこそ、専務は多くの支えを得て今を歩むことができていると言える。

 


■専務取締役 森下幸次 / 高知県黒潮町佐賀出身。17 歳で漁師となり、29 歳までかつお一本釣りに 従事した後、祖父が創業した『明神水産』のグループ会社である『明神食品』に入社。新たに設立された飲食業部門で店長を務めるように。高知出身らしい楽天的かつ実直な人柄の専務は、 未経験ながらも現場での仕事を通じて学び、「動き始めれば何とかなる」という強い気概で創意工夫を重ねて結果を出し、人々の心を掴んできた。

2012年の月間経営情報誌「TheHuman」のインタビューを引用>

祖父母から確かに受け継いだ“良い考え方

『亀次』とは、森下専務の祖父にして創業者である明神亀次氏の名から付けられた。

自分たちがあるのは、明神亀次という人間があればこそ─その想いから、専務はこのたび『亀次』 のブランド化に乗り出した。

より多くのスタッフが自分に合った舞台で人間的な成長を図れるように、多様な店舗を展開することで様々な種類の舞台を用意。

それは、かつて専務自身 が初代から与えられた舞台と同じものと言える。

また、専務に影響を与えた人物がもう一人。今は亡き祖母だ。

日ごろから手を合わせる習 慣を大切にしていた祖母を見て、専務は周囲に感謝を忘れない心を自然と身に付けた。

「自分には人を使う才能などない」と語った専務だが、今や4 店舗を運営し、数十名のスタッフ から頼られる存在。

それは、たとえ“才能”はなくとも、まずは周囲の人たちに感謝し、周囲のために動くことができる人物であるためだ

だからこそ、専務は多くの支えを得て今を歩むことができていると言える。

 


■専務取締役 森下幸次 / 高知県黒潮町佐賀出身。17 歳で漁師となり、29 歳までかつお一本釣りに 従事した後、祖父が創業した『明神水産』のグループ会社である『明神食品』に入社。新たに設立された飲食業部門で店長を務めるように。高知出身らしい楽天的かつ実直な人柄の専務は、 未経験ながらも現場での仕事を通じて学び、「動き始めれば何とかなる」という強い気概で創意工夫を重ねて結果を出し、人々の心を掴んできた。

2012年の月間経営情報誌「TheHuman」のインタビューを引用>

祖父母から確かに受け継いだ“良い考え方

『亀次』とは、森下専務の祖父にして創業者である明神亀次氏の名から付けられた。

自分たちがあるのは、明神亀次という人間があればこそ─その想いから、専務はこのたび『亀次』 のブランド化に乗り出した。

より多くのスタッフが自分に合った舞台で人間的な成長を図れるように、多様な店舗を展開することで様々な種類の舞台を用意。

それは、かつて専務自身 が初代から与えられた舞台と同じものと言える。

また、専務に影響を与えた人物がもう一人。今は亡き祖母だ。

日ごろから手を合わせる習 慣を大切にしていた祖母を見て、専務は周囲に感謝を忘れない心を自然と身に付けた。

「自分には人を使う才能などない」と語った専務だが、今や4 店舗を運営し、数十名のスタッフ から頼られる存在。

それは、たとえ“才能”はなくとも、まずは周囲の人たちに感謝し、周囲のために動くことができる人物であるためだ

だからこそ、専務は多くの支えを得て今を歩むことができていると言える。

 


■専務取締役 森下幸次 / 高知県黒潮町佐賀出身。17 歳で漁師となり、29 歳までかつお一本釣りに 従事した後、祖父が創業した『明神水産』のグループ会社である『明神食品』に入社。新たに設立された飲食業部門で店長を務めるように。高知出身らしい楽天的かつ実直な人柄の専務は、 未経験ながらも現場での仕事を通じて学び、「動き始めれば何とかなる」という強い気概で創意工夫を重ねて結果を出し、人々の心を掴んできた。

2012年の月間経営情報誌「TheHuman」のインタビューを引用>

Copyright 藁焼き鰹たたき明神丸 All Rights Reserved.